このコロナの世情の中、賛否両論はございますが、鹿嶋市と神栖市のホーム「カシマサッカースタジアム」にオリンピックがやって参ります。
オリンピックを考える
この地にオリンピックが来るという関係者のご尽力は並大抵のものではなかったはずで、しかもコロナの関係でその開催も危ぶまれました。 おそらく、開催するかも決まらない、開催した場合の準備、コロナ対策はどうするの? こんな仕事やったことない! 人は集まるの? 仮定・想定の上で全ては初めての仕事。 計り知れない苦労が現在も続いているはずです。 本当にお疲れ様です。
しかし、この鹿嶋市・神栖市に住んでいると、その底辺には、この地域の子供たちにオリンピックの記憶を刻んであげたい。 この地域になんとしても誇りを・・・という強い意志が感じられるんです。
開催競技種目はサッカー
1993年地元の市民と旧・住友金属の熱意が核となり、カシマサッカースタジアムにJリーグを誘致。 茨城県や市行政の活躍でサッカー専用スタジアムまで実現しました。 人口数万人と言う規模の地域にプロサッカーチームの経営などができるものかという逆風を完全に覆しました。 そして、とても強靭なチームが出来上がり、方針転換や選手の入れ替えが頻繁に行われる中で、ためらうことなく柔軟に変え続けている鹿島アントラーズを私たちは見てきました。 もはや感謝というよりも尊敬の念の方が強いというのが正直な気持ちです。 人間、こんなに変え続けることができるだろうか? 自問自答してしまいます。 シャムの国には、いつも成長を続けていきたいという文化がありますが、少なからず、この地域、このチームの精神に影響を受けているんだと思います。
そういう訳で、オリンピック競技種目はサッカーです。
場所はカシマサッカースタジアム
カシマサッカースタジアムは、実は2002年ワールドカップでも試合が行われました。 その時約2万人から4万人に拡張されました。 6万人規模の町に4万人のスタジアム? しかもサッカー専用で? 誰もが思いました。
しかし、確かアフリカのチームの試合の時には、寝る場所もない、食べ物もないアフリカの方々に、テントをつくって寝場所を提供し、地元のおっかさんがごはんを作るなどして、市民が一生懸命もてなしていたんです。
計算や損得ではない感激が、このカシマサッカースタジアムにはあります。
対戦カードが決まりました!
計11試合が計画されています。 そして外国および日本各地から来ていただいく方々には、こういった鹿嶋市・神栖市の風土を少しお感じ頂ければと思うんです。
感染症予防と開催および成功を祈ります!